「産経がデジタル戦略で朝日に勝った」は的外れ
朝日が吉田調書の誤報を認めて謝罪しました。
これを受け、元産経新聞ロンドン支局長の木村正人さんがこんな記事を書いてます。
要するに、こんな話です。
- ネット戦略として、朝日は有料読者を囲い込み(ペイウォール=課金の壁)、自社の記事を原則として無料では公開しない方針を採った(無料会員だと読める記事の本数が限られています)
- 一方で、産経は無料でニュースを開放することにした
- ネット上では産経の影響力が朝日を上回り、それゆえ今回の朝日の敗北、産経の勝利につながった
記事中では、かつて木村氏自身が産経のデジタル改革のまとめ役だったことにも触れ、自分の手柄もさりげなくアピールしています。
ここで問いたいのは「その戦い方は果たしてビジネスとして褒められるべきか」という点です。
無料でニュースを開放しても、新聞社には何の収益も入りません。
産経はiPhoneアプリで紙面を全て無料で読めるようにしたり、ネット上でも積極的に記事を無料配信したりしてきました。
しかし、長期的に見れば、このやり方では倒産するでしょう(紙の読者が減り、デジタルの収入も増えないので)。
それが分かっているから、ここ数年の趨勢として、ニューヨークタイムズなど海外の大手紙がこぞってペイウォールを導入しているのです。
朝日の戦略は、長期的な会社経営、さらには新聞業界の存続を考えたモデルだと思います。
一方で産経の戦略は、短期的には自社の支持者をネット上で増やすかもしれませんが、崩壊した新聞社のビジネスモデルを是正するものではありません。
何度か書きましたが、新聞社が今後も存続していくためには、ネットユーザーに「情報はただじゃない」という意識を持ってもらうことが必要です。
そのためには全社が足並みをそろえ、例えば月300円とか、新聞社の記事を読む際にお金を払ってもらう仕組みを導入する必要があるでしょう。
どこか一社でも無料で記事を流していれば、ユーザーは当然そっちを読みますから。
確かに産経は、短期的にはネトウヨを増殖させ、朝日に痛撃を加えることに成功したと思います。
しかし、それは自社の収益に何も資さないばかりか、新聞業界全体の沈没を助長していると言えます。
その意味で、産経の戦略は「自爆テロ」と呼べるでしょう。
「どうせ自社の経営は早晩行き詰まる。であれば派手に戦って巨象に一矢報い、華々しく散りたい」という作戦に見えます。
「他紙が部数を減らす中、産経だけ伸びている」なんて意見もありますが、誤差の範囲でしょう。
危機的な経営が続いているからこそ、昨年、フジテレビと「すき家」の間で「産経新聞売却交渉」が持たれたわけです。
というわけで、木村さんの言う「デジタル戦略で産経が勝ったのだ」という主張は的外れだと思います。
確かに今回、朝日とのケンカには勝ったかもしれませんが、「新聞社がジャーナリズムでどうやって食っていくのか」という世界共通の難問については、最初から戦いを放棄し、不戦敗です。
自分の手柄をアピールするような立派な話ではないと思いますよ、木村さん。